日本語の勉強。万年筆 by RW Sinclair
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学校に通っていたころって、勉強はつまらなく、楽しくないもの、という思い込みが、刷り込みのようにされていた。

マンガであったり、テレビであったり。

いろんなメディアで、「勉強は楽しくないもの」「遊んでいる方が楽しい」というイメージを受け付けられてきた、ような気がする。

気がするだけですよ、なんとなく。

思い返してみると、勉強が楽しかったのって、小学校までだろうか?

つまらなくなったのは、たぶん中学生以降。
思い返すと、受験向けの勉強をするようになってからだろうか。

小学校までは、テストも楽しいものだった。
テストで自分の実力が試される。そう思うと、楽しかったし、ゲーム感覚で勉強を楽しんでいた記憶がある。

結果として、中学、高校は勉強嫌いの人になった。

嫌いと言っても、自分の好きな科目は除かれる。具体的には、国語であったり、歴史であったり、テストで高得点が取れる科目限定だけれども。

まぁ、現金なもんです(笑)

なぜか数学は、証明やら確率統計やら、特定分野では難関大の過去問とかは解けたけれど、なぜか好きじゃなかったけど。

不思議なもんです(笑)

英語なんかは、嫌いだし、苦手だった。
高校時代は、正直赤点すれすれの低空飛行。
もはや何がわからなくて、点数が取れないのかも分からなかった。
どこを勉強したら良いのかすら分からない。

そんなこんなで、2回目の挑戦で、どうにか大学に入ることはできた。



この勉強嫌いが解消されたのは、大学に入ってからだった。


ブレイクスルー。
そんな表現をするしかないような、突然の転換。

なんとなく、急に、勉強が楽しくなった。
受験とか、そんなものが無縁になったせいかな、とか考えたけれど、たぶんそうじゃない。

受験生時代だって、分かる科目は面白かったし、楽しかった。
大学に入ってからは、確かに好きな勉強ばかりだったけれど、そうじゃないことも勉強した。
専攻分野の論文は英語が基本だったし、研究書もドイツ語とかが多かった。
だけど、勉強は楽しかった。

なぜだろう?


いろいろ考えてみたけれど、たぶん勉強にかけるコストが、より少なくて済むようになったせいじゃないだろうか。

受験生のころまでは、一つのことを学ぶのに掛かるコストは結構な労力をつぎ込まないといけなかった。
けど、大人になってからは「分かる」までに掛けるコストが明らかに少なくなっている。
そして、大人になればなるほど、「分かる」ということの質が違ってきているのを最近ひしひしと感じる。


大人になるってことは、繰り返し行われてきた勉強の「コツ」というか「勘所」をつかむことなんではなかろうか?
この勘所という表現がふさわしいかどうかは分からないけれど、ポイントを押さえることができるようになっていると感じる。

同じことを学ぶのに、「ここを覚えればオッケー!」的なポイントをあっさりつかむことができるようになっている。

理解力が上がっているというのとは違う、「するっ」と入ってきて、「さくっ」と理解できる。
そんな感じだ。

分かるようになれば、そりゃ面白くもなるよね、というお話です。

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