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地方におけるお金の流れは、実に限定的です。

自己資金、銀行融資、役所の補助金。まぁ、この3つでほぼすべてと言っていいくらいですな。

実に流動性がなく、自分のとこにカネがなければ、借りるか、補助金に頼るしかない、みたいに思ってる人が全くもって大多数、というのが紛れもない地方の現実のイチ側面です。

都市部であれば、事業をするとなればここに投資家やベンチャーキャピタルなんかが加わってきますが、地方にはまだまだそうした環境が行き届いていません。

ここに新たな風を起こしているのがネット時代における、新しい資金の流れ。クラウドファンディングです

クラウドファンディングについては、今さら説明するまでもありませんね。

クラウドファンディング(英語: Crowdfunding)とは、不特定多数の人が通常インターネット経由で他の人々や組織に財源の提供や協力などを行うことを指す、群衆(crowd)と資金調達(funding)を組み合わせた造語である。ソーシャルファンディングとも呼ばれる。

要するに、ネット経由で不特定多数の人から資金調達をするというもので、原型となったのは17世紀ごろの書籍印刷のために寄付を募ったもの、と言われていますが、日本では、もっと昔からクラウドファンディングの原型的な金融モデルが存在しました。
勧進と呼ばれる、大仏や仏閣を建立するために僧侶が寄付を募る手法であったり、無尽や頼母子講などと呼ばれる地域内の相互扶助組織です。

これらは、平安時代〜鎌倉時代から行われていたとされ、実は日本はクラウドファンディングの超先進国だったんですね。

特定の領主の庇護下に置かれることで、一時的には安定を得ることができても、その人がいなくなっちゃえば、独力で生きていけなくなっちゃう。 これって、めちゃめちゃリスキーな生き方ですよね?

リスクヘッジをしつつ、自分たちのチカラで生きていくために、こうした手法が考えられた。これって本来あるべき自治のカタチのひとつです。

自治って言うと、国や自治体といった、行政のやるべきもの、っていう考えが一般的かもしれませんが、自治には本来3つの段階があると言われています。

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自分のチカラでどうにかする自助。まさに自己責任の世界で、何でもかんでも自分でどうにかする、というものです。

とはいえ、いくら頑張っても、ひとりのチカラはたかが知れていますよね。
一人で解決できない課題を解決するために行う次の段階が、共助。規模の大小はともかく、コミュニティのチカラを使うことを指すものです。地域の自治会とか、団地の管理組合なんかが、これに当たりますし、この共助の最小単位が、家族です

自分で、どうにかできないし、地域のチカラでもどうにもできない。そういった問題の解決に取り組むのが、公助。いわゆる行政のしごとです。

クラウドファンディングの原型とも言うべき、勧進や頼母子講の本質が自治であるならば、クラウドファンディングの本質もまた、自治であるはずです

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↑は、少し前にスパルタキャンプのメンバーが始めたpolccaで、学費を援助してあげたい、という思いに賛同して、みんなでポチポチとボタンを押したもので、この学生さんのことは知らなくても、信頼する友人が推してるんだから、きっといい人なんだろう、まったくの通りすがりだけれどもみんなが支援してるんだからきっといい人なんだろう、ってな感じのノリでポチポチとリンクを踏んだ結果、というワケですな。

平安時代には、諸国を歩いて寺社を建立するための寄付を募るのに大変な時間と労力を費やしていましたが、現代ならそんな労力をかけずとも「みんなでイケてる大仏をつくろうぜ!賛同してくれる人はこのリンクをタップして!!」とSNSに投稿するだけで済んじゃいます

このネット上に形成されたソーシャルグラフやクラスタこそが、現代における地域であり、そこで互いの信頼関係というゆるいつながりに立脚して行われる新しい時代の自治の一つのカタチなのです。

クラウドファンディングは資金の流れをもっと自由に、なめらかにするものであると同時に、実は新しい時代における自治の基盤、共助のプラットフォームなのです。

これに気がついてる人が、まだあんまりいないみたいだったんで、なんとなくまとめてみました笑

さぁ、未来の自治をはじめよう。

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意識の高いイベントなどでおなじみの、アイディアを出すだけの議論がめちゃ好きじゃありません。

楽しげにやってる人たちを見ても、何が楽しいのか、さっぱりわからずにいるのですが、アウトプットを前提としない議論は、正直つまんないです。

これ、ふだんの会議なんかでも同じで、いつまでに・誰が・何をするかを決めないと、ダラダラとトークが続くだけでガチで不毛です。

アイディアを出すなら、それを実現する方法と、実際にやるプレイヤーさえも一緒に決めちゃいましょう。

そうすることで、一気に単なるアイディア出しから、現実を変革するという一番楽しいフェーズに入ることができます

面白いことをやろう。そのために必要なことをしよう。未来は、その先にあるのだから。

さぁ、未来をはじめよう。

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組織の中で生きてると、つまらない人間関係の争いごとがたくさんある。
内部での権力闘争だったり、外部から足をすくおうとしたり、さまざまなパターンはあれど、どれも相手にした方の負け、という構図は共通している。

面白いもので、たいがいの組織はこの宿命からは逃れられない。新進気鋭のベンチャー企業でさえ、草創期から拡大期くらいに入って人が増えてくると、組織内部でのプレゼンスを高めたりとか、つまんないことに腐心しないとやりたいこともできなくなったりする、というお話をよく聞きます。

組織と人は、不可分のものです。
けれども、よく勘違いされがちなのですが、組織があっての人があるのではなく、人があって組織がある、という点です。

組織はなくても、人は生きられますが、人がなくして組織は成り立ちえない。
組織がもっとも大事にすべきなのは、人なのです

内部の主導権争いや外部からの揚げ足取りで干されたり、追放されたりするといった、人を大事にしない姿勢を見せると、中にいる他の人も明日は我が身と萎縮するだけです。

そんな組織で、活躍できるはずもなく、デキる人から順に去っていく。
よくあるダメな末路をたどることになります。

どんな組織であっても、人を大切にしないと、普通にダメになります。
もしも、あなたの関わっている組織がこんな状況なら、さっさと距離を置くことをオススメします、というお話です。

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なかなか成長しない人に欠けているのは、まさにこの姿勢です。
まずはやってみる。そしてダメだったら改善するなり、他のやり方をさぐる。この考え方を身に着けているかどうかで、その人の生き方さえも左右してしまいます。

行動するかどうか。一歩踏み出すかどうか。ここで悩み、踏みとどまってしまっては、何も変わるわけがない。
ゲームのスタートボタンを押してもいないのに、クリアできる可能性はゼロに決まってます

成長も、成功も、すべてはスタートボタンを押すことから始まります。

スパルタキャンプに集まってくるメンバーたちが、いい例です。
たったの16日しか経っていないのに、自分たちでオリジナルのウェブサービスを作ろうとしています。

16日前までは、コードの書き方なんてぜんぜん分からないメンバーばかりだったとうのに、です。

彼らは、スパルタキャンプにエントリーする、という決断をしたことで自分の人生に革命を起こしました

社会にムーブメントを起こすことは大変ですが、自分で決断を下すことは容易です。
文字どおり、決めて断ち切ることから始まります。

成長も、成功も、すべては行動からしか始まり得ません。

答えはもう、あなたの心の中にあります。

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先日、どうやったらそんなに次々と新奇性のある事業をできるんですか? という質問をされたので、ちょっと解答してみます。

まぁ、新奇性とか言うてる時点でおもろないな、とは思いましたが笑

書きながら頭の中を整理してみましょう。

もちろん抵抗は普通にあります

組織内でなにか新しいことをやらかそうとすると、まぁ、つまらないことを言うてくる人がいます

「他でやっているところはあるのか」
「あちらとは、どこがどう違うのか」
「なぜ今やらなかやいけないのか」
「人は増員できないぞ」
「外部への説明はどうやるんだ」

などなど...割としょーもない話が多くあります。

別に、こんな反応がある組織はダメな組織!なんて結論付ける気もありません。
成熟した組織体であれば、当然の反応ですので、反応があること自体にはさして意味はありません

問題となるのは、こうした行動にブレーキをかける評論家に対抗する、アクセラレーターたる革命家が組織内に不在なことです

変革を諦めることは衰退への片道切符

まさに質問にあった新奇性、つまりは先例のない事業を始めることを許容できるかどうか、風土や空気と言い換えても良いですが、この要素のあるなしによって、その組織体の未来は決まります。

そう、繁栄か衰退か、という二択です。

もちろん組織すべてが革命家だと、スケールはできません。
全員イノベーターでも成り立つ組織なんて、創業期のベンチャーくらいなもんです笑
はっきり言って、収拾がつきませんwwwww

閉鎖的で、保守的な組織であっても、ほんのわずかな余白があれば、みんなを巻き込んで変革を遂げることはできます

余白がなければつくればいい

この余白が自分の組織にあるなら、答えは簡単です。さっさと行動すりゃあいいんです。

ないのなら、次にやるべきことも自然と見えてきますね。
ないものはつくればいい。新規事業を起こそうっていう人なら、この発想に至るのは簡単でしょう。

自分がいつもやるのは、ブレーキをかけられたときに空気を読んで実行をやめるんじゃなく、外野を無視して実行して成果を出すことです。それも文句を言わなくなるレベルで圧倒的な成果です

こうすると、強制的に余白は広がり、いっぺんやってしまえば皆さんの大好きな「先例」ができます笑

革命のもともとの意味は「天命が革(あらた)まる」ことです。

出る杭は打たれるが、出過ぎた杭は打ちようがありません笑

評論家になって、人にブレーキをかけてるだけじゃ、変革は絶対に起きません。

なるべきなのは、革命家です。

あなたがなりたいのは、どっちですか?

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人はいくつになっても成長することができます。

いやいや、年を取ったらそんなの無理に決まってる!なんて声も聞こえてきそうですが、それはあなたが日常的に付き合う人たちが、固定化してるってだけの話に過ぎません。

子どもが成長するのは、みんな当たり前だと思ってますが、なぜか大人が成長する、って話になると「いやー、そんなん無理だよ、もう年だし」なんてアタマから否定しにかかってきます。

はっきり断言しましょうね。大人になったら成長できない、なんてのは単なる思い込みです

年齢に関係なく、人が成長するには必要なものがあります。自分の上を行く、ライバルの存在です。

少年マンガの世界ではライバルの登場はおやくそくですが、実はリアルの世界でもライバルの存在は、めちゃ重要なファクターなのです。

ライバル抜きには子どもだって成長できない

日本における教育の現場は制度疲労を起こしまくって時代に合わなくなっていますが、学校っていう仕組みそのものは、ギリシア・ローマの時代から連綿と続くだけ合って、成長するには非常に有効なのです。

教室という狭い空間に自分と同年代の仲間が集められ、その中で競い合う。まさにここにいるのはみな成長のライバルたちに他なりません。

皆さんも、学校に通っていた当時には常にテストやスポーツで意識していたライバルが必ず一人はいたはずです。

成長のためには、実はけっこう、良い仕組みなのです。

大人が成長できないのは、ライバル不在のせい

大人になると、得てして交友関係が固定化します

仕事関係でつきあう人も、職場を除けば、そう多くはないでしょう。営業職みたいに相手は多くても、教室にいたときのように濃密に関係を結ぶなんていう人は、同じ会社の人くらいではないでしょうか。

そんな会社の人たちは、ほぼ固定した関係になりがちです。

会社内の固定化したつきあいだと、あいつは自分よりできるけど、こっちは明らかに仕事ができないやつ、みたいな先入観から逃れることは、誰にとっても非常に難しい。

そんな環境じゃ、成長できないのも、当たり前です

俺より強い奴に会いに行く

言わずと知れた、対戦格闘ゲームの金字塔ストリートファイターIIのキャッチコピーですね。

主人公のリュウは、自分より強い相手を求めて世界中をさすらう格闘家です。

まさにリュウのように、自分よりすげぇ奴と、競い合うことさえできれば、いくつになっても成長はできます。

スパルタキャンプを目指してくるメンバーを見てると、実に感じます。

オンラインでは得られない、リアルの狭い空間に押し込められたメンバーが濃密な空間を共有することで、あり得ないほどの成長を遂げます

自分よりすげぇ奴。そんな仲間を数多く持てば、いくつになっても、どこに住んでいようとも成長することは、たやすいことです。

すごくない奴とばかり付き合っているから、成長できないだけです。

さぁ、次のステージへ行こう。
後は行動するだけです。

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突然ですが、皆さんは「志」と呼べるものを持っていますか

起業志民プロジェクト、なんてやつのファウンダーやってる中の人ですが、志というものについて、今日は考えてみたい。

まず、志とは一体何なのだろうか?という基本的な問について。

志(こころざし)
目的、目標
信念
他者への好意や謝礼の意味を込めて贈る金品。仏教における寸志はこれに由来する。
Wikipedia

目的、目標、小学校のときには「めあて」なんて読んで、いろんなものを立てていましたね。
大人になると、会社であったり、自分が所属する組織の営業目標やらKPIなんてものに縛られることになりますが、あれは志なんかじゃあないですよね。

志ってのは、ココロって言葉が入っていることからも分かるように、「心の目指すところ」に他なりません

まっすぐに、ただひたすらに目指してやまない。誰かに「やめとけ」なんて言われたくらいじゃ止まらない。それが志ってもんです。

そんなの前例がない!
未踏の領域へ踏み出すプロジェクトなんかを、ある程度成熟した組織内で始める時には、そんな風に言ってブレーキをかけてくるなんてことは、よくあります。

いや、実際わしはめちゃ言われる側なんですがね笑

そんなとき、自分に確信がないと、つい諦めたりするものですが、ここに志があると、少々のブレーキをかけられたくらいじゃ、気にも止めません

スパルタキャンプに飛び込んでくるメンバーなんかは、まさにそうです
周囲に少しくらい反対されようが、説き伏せて、ねじ伏せてやってきます。そして、圧倒的な成長を遂げてみせます。

これは、志がないことにはできません。

組織内で、少々抵抗されたところで、圧倒的な成果さえ上げて見せれば、えらい人は「あれは自分がやらせたんだ」と、後からコロッと手のひらを返します。

雑音なんか気にする必要はありません。

やりたいことをやろう。

志があるなら、それは絶対にできます。

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よく「あの人は天才だから」とか「自分には才能がないから」という言質で、諦めにしか聞こえないことを言う人たちがいます。
けれども、本当にそうなのでしょうか?

何の努力もせずに最初からハイパーに上手い人なんて、この世のどこにもいません

才能がある人、というのは、正しく努力する方法を知っている、というだけなのです。

メジャーリーガー・ダルビッシュ選手の練習に対するスタンスを示すツイートです。

2010年と、かなり以前にされたツイートですが、天才と称され、世界のトップを争うアスリートたちの基本的なスタンスは、みなこの一言に収斂するのではないでしょうか。

精神論とか、筋論なんて、どうでもいい。
ともかく、やるべきことに向かって、そこに向かって最短距離で、もっとも楽をしてたどり着く

目標に向かって、最高効率で到達することができる。それをめちゃ自然に行えるのが、天才と呼ばれる人たちなのです。

正しく努力して、正しく怠ける。もっとも勤勉にして、もっとも怠惰な人たち。それを知っていることが、才能なのです。

正しく努力する方法なんて、いくらでもあります。 ITで起業したければ、スパルタキャンプに参加すればいいだけだし、その他の道も、まずは第一人者の人たちの練習を真似すればいい。

正しい努力、正しい怠惰。この2つを身に付けることができれば、今日からあなたも天才です。

自分のアタマで考えて、自分でまずは実践してみる。そんな態度を身に付けること。
まずはそれが、天才への近道です。

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日本人って、ともかく人を褒めるのが、むやみとヘタですよね。
褒めるのが恥ずかしいからなんでしょうか?

部下であれ、近所の人であれ、テレビの向こうの政治家であれ、ともかく批判はするけれどいい仕事をしたときに褒めそやすということがない

Twitterなんかを見てると、まさにそう。

なんでなんでしょう?

褒められるのが嫌いな人は、いない

怒られるのって、みんな大嫌いですよね?
たまに特殊な趣味で好きな人もいるらしいですが、残念ながら身の回りににいないので、ヒアリングはしたことはないのです笑

一方で、褒められるのが嫌い、という人はまずいません
もしいらっしゃったら、コメント欄で教えてください笑

褒められるのは、みんな大好きなのに、ひとを褒めることをしない。

いったいなぜでしょう?

褒められる機会は、成長とともに減っていく

一方、子育てでは、皆さん普通にめちゃ褒めしますよね?
うちも、情け容赦なくめちゃ褒めしてます笑

毎日の宿題で、ちょっとした問題を問いたら花丸をつけたり、「やったね!」ってハイタッチしたり。学校の中にいるときはすごく褒められる機会が多いです。

ところがこれも、小学校くらいがピークです。
学齢が上がるにつれて、「できて当たり前」というものが増え、できないことを批判する、というシーンが増えていきます

掃除をしても「よくやった」と褒められることもなく、むしろテストで悪い点を取ったり、練習試合でミスをして詰られる。

そういう環境で飼い慣らされたら、学校を卒業して、会社に属したりしても、そりゃあ確かに褒めることなんてしません。

だって、自分が褒められることがないのに、ひとを賞賛したりしませんもの

当たり前で褒められない、なんてことはない

普通のことを普通にやっても、そりゃあ誰かに褒められるワケなんてないじゃない!
とか思ってるそこのあなた。それは大きな間違いです。

ものすごく仕事ができない、そんな部下を毎日怒鳴り散らしてるかもしれません。
でもその部下の人って、その仕事が向いてないだけで、違うことには長けているかもしれません。

当たり前のことでも、しっかりできる人は大切です。

毎日同じことを、均質のクオリティでやることも、一つの才能です

素直に賞賛することは、重要なファクター

まずは褒めることからはじめよう。

そのために、褒めることができるところを、よく観察することからはじめてください。

「これいいね!」でも「さすがいい仕事するね!」とか、簡単な一言で構いません。

褒めるうちに、自分も褒められるようになります。

批判なんて、どうせ相手に不快な思いをさせるだけで、何の役にも立ちません

素直に賞賛できる人は、周囲にプラスとなります。

もっと人を褒めましょう。そこからきっと、新しい世界が開けるはずです。

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