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Apple の写真プリントサービスが2018年9月末で終了に

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利用者少なそうだなぁ、と思いながらもずっと愛用してきた Apple の写真サービスが終了します。
素人でも高品質なプリントサービスが使えるということで、このブログでもずっと取り上げてきました。

Mac の写真アプリが、まだ iPhoto だった頃から、ずっと愛用してきております。

我が家では、子どもが生まれてから毎年オリジナルの娘カレンダーを制作しておりますが、これがかなり好評です。被写体もともかく、写真家の腕も良いので当然ですが笑
年賀状はとっくに廃止しましたが、親しい親戚の家には、毎年これを送って娘たちの成長っぷりをお届けしてきました。

こちらのサービスが、今月末で終了する旨のお知らせが、Apple からメールにてお知らせが届きました。

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公式アプリでは機能を廃止して、以後は拡張機能として提供します、とのことですが、まともな対応アプリがない笑

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見事にスッカスカです笑

プリントサービスの機能はこちらで、ということになっていますが、ここの上がってるもので完全代替は現状できなさそうです。

海外サービスばかりなので英語のみ、というのは別に良いのですが、送料と時間がかかるのがイタいです。

カレンダーは好評だし、まだつくりたいので年末までに乗り換え先を考えないといけませんねー。

どっか良いおすすめがあったら、教えてください。
なければ、自分でデザインするだけなので、まぁ、しゃーないですけど笑

アイディアに価値はない。実践することで価値を生む

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なぜか割とよく事業の相談をされるのですが、そこで

このアイディアは極秘に願います。絶対に他の人に漏らさないでください。

って、前置きをする人がときどきいるんですが、アイディアってそれ自体に価値はカケラもありません

これをよく分かってない人がけっこう多いので、さらっと解説しましょう。

やってみないと成功するかどうかなんて分からない

いろんなビジネスの立ち上げを手伝ってきましたが、どんな業種・サービスであっても、やる前から絶対に勝てる保証なんてありません

メインターゲットに想定していた層にちっとも刺さらずユーザー数が伸びずに泣きを見たり、サービスのリリースに必要な技術者が確保できなかったり、当てにしていたエンジェル投資家から出資を断られたり、割としょーもない理由でビジネスはあっさりコケます

どんなに独創的であっても、アイディアがアイディアのままではお金を払ってくれるお客さんがつかないし、そのまんまでは1円も生み出しません。

まずやってみる。そこでトライ・アンド・エラーを繰り返す。これがビジネスを組み立てる、唯一無二の手法です。

アドバイスが欲しければ、誰かにアイディアを盗まれるなんて細かいことを気にせずに、周りに話しまくってみましょう。

他人が盗みたくなるくらい、すんげぇアイディアだと確信してるなら、アドバイスなんて求めてないでにさっさとやっちえばいいんです。

まずやってみよう

ユーザーが付く前から、アイディアを盗まれる心配なんかしてもしゃーないです。

どのみちサービスをリリースした瞬間に、世界中に晒されるんですから。
そんなやべぇアイディアだったら、大資本がソッコーでパクリサービスを後追いで出してくるかもしれません。

大資本とベンチャーがケンカしたって、当然のように負けます笑
資金力のあるとこには、そうそう勝てませんからね。

世界にサービスの価値を問うたそのときに、はじめてアイディアは価値を生むものです。

アイディアは、アイディアのままでは価値を生まないし、世の中にリリースしてはじめて価値を得ます。

とりあえず、やっちゃいましょう。話はそれからです。

さぁ、未来をはじめよう。

「リスクを取る」ということは、博打を打つことではない

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日本人はリスク、という言葉がなぜか大好きです。

  • それってリスク高いんじゃないの?
  • そんなリスクを背負うなんて馬鹿げてる
  • 誰がそのリスクの責任を取るんだ!

なんて感じに、日常的にみんなリスクってやつを使います。
でもこれって、みんなリスクって単語の意味を誤解してるんです。

リスクとは単なる可能性

risk という単語は危険、なんて訳されることが通例ですが、オックスフォード現代英英辞典によると

the probability of something bad happening at some time in the future
(将来において何らかの悪い事態が起こる可能性)

と、定義されています。

そう、リスクってあくまで可能性の話なんです。

なぜか日本では、リスク=危険=悪という謎の図式が跋扈しており、リスクを取って行動する、なんて言うとイコールあいつは博打打ちだ、みたいな感じに見られてしまいます。

あくまでリスクというのは、可能性の話なのです。

リスクを管理することが、リスクテイカーの本領

誰もが、悪い事態が起こることを良しとすることはありません。
冒頭のように、悪い事態が起こる可能性が100%のまま突き進むのは、間違いなくやめたほうが良いでしょう。

悪い事態になる可能性を30%とか十分に許容できる範囲にまで落としたうえで実行する。それがリスクを取る、っていうことなのです。

ちなみにこれが、リスクテイカーの権化であるシリコンバレー的な脳みそになると

実行が遅れることで、他社に先を越されることこそがリスクだ!

ってなことになります笑

ベースになる価値観が違うと、こうも違うもんですねー。

悪い事態が起こる可能性は、十分に管理する。それが成功への近道です。

さぁ、未来をはじめよう。

失敗してもやり続けることさえできれば、人生の勝者になれる

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継続は力なり。
今までこれを金言とか名言のたぐいだと思えなかったのですが、最近ようやく分かってきました

実はこの前に、カッコ書きで隠れてるキーワードがあるんですよ。

(正しい努力の)継続は力なり

自分のアカウント内で検索してみたら、ずいぶんたくさんツイートしてて驚いたけど笑
読み返して自分で「なるほど」と思える。そりゃ自分の考えなので当たり前ですがw

少しくらい成果が出なくてもいい、ちょっとくらい失敗してもいいんです。そこであっさり諦めないこと。

PDCAサイクルを回して、正しい努力を積み重ねてさえいけば、誰でも簡単に成功者になれます。

途中で諦めてしまう人が、ほとんどです。
だからこそ、続けるだけで成功の果実を得ることができるのです。

正しい努力の結果は実る

このいい例が、起業志民プロジェクトスパルタキャンプでしょう。

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起業志民プロジェクトでスパルタキャンプを2015年に始めたときは、28人定員にエントリーしたのは、わずか8人。超絶定員割れです。3割にも満たない状況です。

2015年は、スパルタキャンプを5回開催したものの、トータルで70人のエントリーにとどまりました。
ここで効果はない、と判断して切り捨てることもできましたが、そうはしませんでした。

遠くない未来、必ずこの世界観が理解される、と確信して、事業展開を継続
2016年は3回で86人、2017年は3回で208人のエントリーを得るまでに成長しました。

2018年は、まだ1回の開催ですが、すでに121人のエントリー。昨年実績の半分以上をすでに達成しています。

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潜在顧客にどうやってリーチするか、仮設を立てて徹底的にSNSを運用してみたり、遠方の人を取り込むためには宿舎が必要なんじゃないか、と仮設を立てて実証してみたり、あらゆることに取り組みました。

その結果として、ようやく小さいながらも知名度を獲得しつつあり、エントリー倍率は増加の一途をたどっています。

すべては、小さな改善を重ねながら、プロジェクトを継続してきたからに他なりません。

失敗は、挑戦の証です。挑戦者にしか、失敗はできません。

トライ・アンド・エラー。ただひたすらにこれを継続すること

ポイントを過たずに、これを繰り返していけば、自ずと勝ち筋は見えてきます。

とりあえず、やっちゃおう! そしてやり続けちゃおう!

それだけで、割と楽勝できちゃいます。

さぁ、未来をはじめよう。

何かを始めることは、習慣化という小さなスイッチを切り替えること

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自分を思い通りにコントロールするのって、案外難しいもんです。

ダイエットをしよう。健康のために痩せよう。あの可愛い服を着るためにあと◯キロ減量しよう。
論理的にも、感情的にも納得できるアジェンダだというのに、世のほとんどの人は、この意思を完遂することができません

ブログ更新なんかもそうですね笑

日課として組み込むことができるかどうか、まさにこの一点なんじゃないと思います。

夏休みの宿題が終わらないのも、まさにこれ。学校が休みの間に勉強をする、という習慣づけができるかどうか。
嫌いなことではじめからやる気がないものは仕方がないとしても、ダイエットや宿題なんかだと最初は少しはやる気があるというもの笑

この最初のフェーズで習慣化をすることができれば、仕組み化は割と容易です。

スイッチが、重くならないうちに、小さな成功を積み重ねる。
最初のうちに、ワークブックを1ページやった、2キロウォーキングをした。
なんでも良いから成功したことで、自分に実績を積み重ねるのです。

むしろこのフェーズの成功は、小さければ小さいほど良いです。

習慣というスイッチは、軽くて小さいほど気軽に押せます。

最初から高いハードルを設定したって、ふんぎりがつきませんもの笑

小さな習慣。毎日3ページもやらなくていい。1ページでいい。そんな軽い習慣づけさえできれば、あとはしめたもんです。

小学生にだってできる
習慣づけについては、そんくらいにまでハードルをダウンさせることが何よりも大事です。

やる気がある、思い立ったそのときに、もう仕組みをつくってしまう。
その仕組みは、小学生にだってできるレベルにする。

これだけで、割とどうにかなっちゃうもんです。

後は、その小さなスイッチを毎日押すだけ。
小学生にだってできることを、できないなんて言えませんもの。

さぁ、未来をはじめよう。

お盆とか、休みをみんなで一斉に取るのって誰得なの?

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お盆をふるさとで過ごした人たちのUターンラッシュが始まりました。そんなニュースが賑わいを見せる盛夏の候ですが、皆さんいかがお過ごしでしょうか?

わしは相も変わらず、楽しく仕事しとりますよ。

特にこのお盆なる時期。事務所は閑散として、さっぱり人がいなくなります。同じフロアの端の人が電話で会話してる内容がまる聞こえ、なんてことも珍しくありませぬ。

駐車場にも普段の半分も車がいません。

世の中の皆さんが一斉に休む、という謎の年中行事が、ことしもやってきました。

もちろん休暇を取ることは、労働者の権利として法が保証しているものですが、なんでみんな一斉に休まなきゃいけないんでしょう?

分散すればラッシュがなくなる

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各種日本語変換システムにおいて、「ゆーたーん」と入れればほぼすべての製品で「Uターンラッシュ」が予測変換候補が出てきます。

Google日本語入力では、一度入れれば「ゆ」だけで「Uターンラッシュ」が出てきます。

なんて恐ろしいことでしょう。Google日本語入力の予測変換精度もさることながら、そんなレベルでUターンラッシュが人口に膾炙しているということです 。みんなが一斉に休まなきゃ、そもそもラッシュなんてものは発生しません

横並びの大好きな日本人ならではといった現象なのですが、学校の夏休みのように、同じ時期に強制的に会社が休みにならないと、休めない、とか、休みにくい、なんて声も聞こえてきそうですが、そもそも元がそんな状況であることがそもそもおかしいのに、そのためにおかしなルールで上書きしたってうまくいくワケがありませんよね。

◯◯インターチェンジを戦闘に□□キロの渋滞が〜、なんてニュースが季節の風物詩みたいになることもありません。
なんかおかしいと思いません?

高い繁忙期料金を払わずに済む

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みんなの休みが分散すれば、そもそも繁忙期料金っていう概念がなくなるかもしれませんが、何でもこのお盆やら年末年始といった、黙っていてもお客さんが入る時期は何でもひたすら高いです。

それを分かって払わずに済むのは、けっこうメリット大きいです

ホテル代とかもけっこういい感じに高騰しますが、それもこれも閑散期があるからなので、年がら年中分散してお客さんが来れば、繁忙期っていうものがなくなるのです。

浮いた分の予算で、もう一泊、なんてことも普通にできちゃいます。
なんかおかしいと思いません?

誰のための休暇なのか

こんな忙しい休暇を過ごしたって、心も体も休まりゃしませんよね。

誰のための休みなのか。ちょっと立ち止まって考えてみましょう。
みんなで一斉に休む、という文化がある限り、休みに関係するサービスを提供する業種の側も、休む側も、誰も得をしちゃいません

こんな誰も得をしない休み方をして、働き方改革もあったもんじゃありません。

働き方は、一方で休み方でもあります。

何もわざわざ空気を読んで、みんなと同じ時期に休んで、疲弊する休みを取る必要なんてどこにもありゃしません。

休みあけにボロボロになって職場に帰ってきて数日使い物にならないなんて、アホらしすぎます

自分の休みくらい、自分でコントロールしよう。

それが働き方改革の一丁目一番地ってもんです。

これから目指すべきは「住んで楽しいまち」ではなく、「働いて楽しいまち」だ!

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商業ベースで主導して行われるまちづくりというものは、得てしてこの「住んで楽しいまち」になりがちですな。

もちろんそれは経済的発展という側面から見ると、決して悪いなんてことではなく、むしろ成功というべきでしょう。
無策のツケがたたって空洞化するまち、なんてのに比べたらなんぼかマシですが、中長期的な視点からすると、この経済的視点だけだといろいろ困ることが出てきます

その大きな問題が、住み継ぎが行われない、っていうことです。

かつてニュータウンなんて呼ばれて開発しまくった郊外の住宅地なんかも、今じゃゴーストタウン化してるところが全国各地にありまくり状態で、過疎地の限界集落と同じ現象が起こっています。

都内でも、タワマンがにょきにょき立ってますけど、あれって50年後はどーなるんでしょうね? 建物まるごと限界集落になる、なんて未来予想図もあながち外れてないんじゃないでしょうか。

ヒトが住み続けるには、住むことではなく「働くこと」を重視しないといけません。
誰もが自由に出入りできて、誰もが好きなことを追求している。そんな新しい働き方をできる起業志民プロジェクトのようなプラットフォームが、まちに満ちている地方というのは、まだそう多くないのではないでしょうか。

楽しいことだけをして、もっと面白いことをやる。そういうプラットフォームを世界中につくり出す

次の目標は、このへんかな、と考えてます。

人はライスワークのみで生きるにあらず。もっと楽しく働こう。

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働くこと=楽しくないこと、という図式は、いつになったら払拭できるのだろうか、と4年も起業志民プロジェクトをやっても見通しすら見えません笑

まだまだ新しすぎて、一般化するまでには時間はかかるかもしれませんが、ヒトはそもそもラクな方、楽しい方に流されがちな生き物です。

それなら、時間はかかるかもしれませんが、この考え方は社会に広く受け容れられることになるでしょう。
じゃなかったら日本人、ちょっとドMすぎます笑

未来はもう、すぐそこまで来ています。

まだ「褒められたい病」で消耗してるの? 自分がおもしろい生き方が最強!

褒められたい。称賛を浴びたい。認められたい。

レベルの差こそあれ、こうした感覚は誰もがココロの何処かにもっている基本的な欲求の一つで、アメリカの心理学者であるマズローが提唱した、通称「欲求段階説」で有名です。

超絶ざっくりいうと、↓の図に示した5つの段階があって、下位の欲求が満たされると上位の欲求が生まれる、というもの。

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それぞれの欲求は、こんな感じ。

Stage1.生理的欲求 (physiological need)

食べたい、飲みたい、寝たいなど

Stage2.安全の欲求 (safety need)

風雨から逃れたい、健康でいたいなど

Stage3.所属と愛の欲求 (social need/love and belonging)

集団に所属したい、仲間が欲しいなど

Stage4.承認の欲求 (esteem)

他者から認められたい、尊敬されたいなど

Stage5.自己実現の欲求 (self actualization)

自分の能力を発揮して、社会で活躍をしたいなど

専門家の見地からは、けっこう議論の余地があるされているよようですが、心理学の教科書なんかには、ほぼ必ずと言ってもいいほど頻出する有名なやつですねー。

ムダにかっちょええ感じに作っちゃいましたが、↑の図みたいなやつは、見たことがあると思います。

誤解されがちなのですが、何も下位ステージの欲求が完全に満たされないと上位の欲求が生まれない、というワケではなく、安全の欲求が充足されていなくても、所属と愛の欲求は生まれる、といった状態はごく普通です。

承認の欲求と、どう付き合うか?

この5段階の中でも、ステップ4の承認の欲求は、SNS時代の人間は特にこの欲求が強いと言われてます。

この辺の病理については、↓の当たりがよく解説されています。

上記の本以外にも、さまざまな書籍がありますが、どれもだいたい同じような対処法が書いてあります。

いわく他人の評価を軸にするのではなく、自分で自分を評価するようにしようとか、自分に自信を持とうなんてことが書いてあるのですが、まぁ無理ゲーです。

少なくとも、褒められたい病に囚われている人には、こうしたアドバイスは不向きです。

私は、基本的に他人からの評価には興味があまりないので、こうした承認の欲求なんてものと無縁で生きているんですが、先日Twitterで

と、聞かれてなんとなく自分の過去を振り返ってみましたが、ああそういえば、と思い当たったことがありました。

信頼の崩壊から、自己の確立へ

中学生のとき(30年以上前だw)に、濡れ衣で学校の教師に鼻血が出るまでぶん殴られたことがあるんですけど、その時にその教師からお前は劣等感の塊だという趣旨な感じのことを言われたのですが、言われてみれば確かに当時はどちらかというと優等生(自称)な感じで、先生の顔色やら評価を気にしまくるタイプのビビリな人間でした。

評価軸は自分の中にはなく、すべてテストであったり先生からのお褒めの言葉、つまりは他者の評価に従属するだけの人間。つまりは褒められたい病にドはまりしてたワケです。
まぁ、中学生だからしゃーないんですがw

今の自分を知る人たちは、誰も信じないでしょーけど笑

純真な中学生wだった当時の自分にとっては、従来の価値感を全否定される、すげぇ事件です。
なんせ自分の評価軸を預けていた、つまりは信頼する相手から、自分の存在を全否定されたんですから。やってもいないことをやったことにされ、ぶん殴られて鼻血を流しながら反省文を書かせられた。今となっては大したことじゃありませんけど、思い起こせば普通にひでぇ話です。

ここで、純真な中学生にありがちな通常の反応としては、さらに従属を深めて相手の信頼を勝ち取る方向に行くところなんでしょううけど、自分の場合はそうなりませんでした。

先生なんて頼ってもなんも意味はない。自立するしかねーじゃん!
と、自分の中の価値基準を転換したのです。

カケラも納得できずに、微塵もやってもいない濡れ衣を着せられたら、とてもじゃないけどマトモじゃいられない。

あんま意識してはいませんでしたが、たぶん、これが大きなターニングポイントだったのかなー、なんて思います。

ゼロからイチへ、そして自己超越へ

たぶん、この件がなくても自分は最終的にこうなっただろう、とは思いますが、転換を早める契機になったことは事実でしょう。

他人の目とか、評価なんかを気にすることなく、自分のが楽しいと思うことをやりまくることで、気がついたら褒められたい病からは解放されていた気がします。

もちろん一朝一夕に転換できたわけではなく、なにもないゼロの自分に小さい成功をたくさん積み重ねたうえで、価値基準の転換ができました。

何もなしに、いきなり価値基準を転換なんて、できるはずはありません。必要なのは、思索ではなく行動です

ビジネスの上だけでも、いろんな事業を手がけたり、さまざまなプロジェクトを成功に導くことなんかをさんざんやらかしてきました。

やるべきことを、しっかりとやりさえすれば、結果は必ず付いてくる。
努力の方向性さえ間違わなければ、誰でも成功するのは簡単です。

評価軸を他者に依存する生き方っていうのは、正直なところ健全とは言えません。
何しろそれは、自分の人生を生きていない、他人の人生を生きるに等しい行為なのですから。

自分がおもしろい、楽しいと思うことに注力するのって、最高に充実した生き方の一つです。
自分だけでやるのも楽しいですけど、おもしろいことをやろうとしてる人を手伝ったり、ちょっと楽しそうなアイディアを持ってる人を助けて超やべぇことに発展させたりするのも、すげぇ楽しいです。

マズローは晩年、5段階のさらに上位に自己超越 (Self-transcendence)という第6段階を提唱しています。

これは、ざっくり言うと利他性、とでも言うべきもので、他者や自己を超えた存在に向けて奉仕をすることを指すものとされ、社会全体を面白くしたい、みんなでもっと楽しいことをしたい、といった思いは、ここに行き着くものと考えられます。

誤解を恐れずに言えば、見返りを求める taker ではなく、ただひたすら与える側になる giver になることは、マズローの欲求段階説の最終型、ってことですね。

自分がおもしろい生き方こそが最強!

思い起こせば、今でも誰よりも行動しまくっていますが、近ごろは誰かにガンガンおもしろい生き方をさせることに人生のリソースを注力しまくっています

そんな思いの一環として、自由な生き方をできる人を増やすプロジェクトをやっていますが、他人の目なんか気にしないで、自分が楽しいと感じることができる生き方さえしていれば、褒められたい病からは、割と軽く開放されます

自分のやりたいこと、野望、夢、呼び方はなんでも良いけど、これらの情熱を伴う感情に対して、最強に誠実に生きていくことは、めちゃ大事です。

内なる自分の声に忠実に生きることは、Stage1.生理的欲求に応えることにも等しい行為と言えます。
こうした感情は、抑えることが難しいほどに強いものであり、最大限に叶えないと自分が自分でなくなっちゃいます。

おもしろいと感じること、やべぇと感じる心には、忠実に生きなくてはなりません。
それは自分ではない、誰かの人生を生きることに他ならないのですから

さぁ、未来をはじめよう。

クラウドファンディングは新時代の共助プラットフォームだ

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地方におけるお金の流れは、実に限定的です。

自己資金、銀行融資、役所の補助金。まぁ、この3つでほぼすべてと言っていいくらいですな。

実に流動性がなく、自分のとこにカネがなければ、借りるか、補助金に頼るしかない、みたいに思ってる人が全くもって大多数、というのが紛れもない地方の現実のイチ側面です。

都市部であれば、事業をするとなればここに投資家やベンチャーキャピタルなんかが加わってきますが、地方にはまだまだそうした環境が行き届いていません。

ここに新たな風を起こしているのがネット時代における、新しい資金の流れ。クラウドファンディングです

クラウドファンディングについては、今さら説明するまでもありませんね。

クラウドファンディング(英語: Crowdfunding)とは、不特定多数の人が通常インターネット経由で他の人々や組織に財源の提供や協力などを行うことを指す、群衆(crowd)と資金調達(funding)を組み合わせた造語である。ソーシャルファンディングとも呼ばれる。

要するに、ネット経由で不特定多数の人から資金調達をするというもので、原型となったのは17世紀ごろの書籍印刷のために寄付を募ったもの、と言われていますが、日本では、もっと昔からクラウドファンディングの原型的な金融モデルが存在しました。
勧進と呼ばれる、大仏や仏閣を建立するために僧侶が寄付を募る手法であったり、無尽や頼母子講などと呼ばれる地域内の相互扶助組織です。

これらは、平安時代〜鎌倉時代から行われていたとされ、実は日本はクラウドファンディングの超先進国だったんですね。

特定の領主の庇護下に置かれることで、一時的には安定を得ることができても、その人がいなくなっちゃえば、独力で生きていけなくなっちゃう。 これって、めちゃめちゃリスキーな生き方ですよね?

リスクヘッジをしつつ、自分たちのチカラで生きていくために、こうした手法が考えられた。これって本来あるべき自治のカタチのひとつです。

自治って言うと、国や自治体といった、行政のやるべきもの、っていう考えが一般的かもしれませんが、自治には本来3つの段階があると言われています。

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自分のチカラでどうにかする自助。まさに自己責任の世界で、何でもかんでも自分でどうにかする、というものです。

とはいえ、いくら頑張っても、ひとりのチカラはたかが知れていますよね。
一人で解決できない課題を解決するために行う次の段階が、共助。規模の大小はともかく、コミュニティのチカラを使うことを指すものです。地域の自治会とか、団地の管理組合なんかが、これに当たりますし、この共助の最小単位が、家族です

自分で、どうにかできないし、地域のチカラでもどうにもできない。そういった問題の解決に取り組むのが、公助。いわゆる行政のしごとです。

クラウドファンディングの原型とも言うべき、勧進や頼母子講の本質が自治であるならば、クラウドファンディングの本質もまた、自治であるはずです

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↑は、少し前にスパルタキャンプのメンバーが始めたpolccaで、学費を援助してあげたい、という思いに賛同して、みんなでポチポチとボタンを押したもので、この学生さんのことは知らなくても、信頼する友人が推してるんだから、きっといい人なんだろう、まったくの通りすがりだけれどもみんなが支援してるんだからきっといい人なんだろう、ってな感じのノリでポチポチとリンクを踏んだ結果、というワケですな。

平安時代には、諸国を歩いて寺社を建立するための寄付を募るのに大変な時間と労力を費やしていましたが、現代ならそんな労力をかけずとも「みんなでイケてる大仏をつくろうぜ!賛同してくれる人はこのリンクをタップして!!」とSNSに投稿するだけで済んじゃいます

このネット上に形成されたソーシャルグラフやクラスタこそが、現代における地域であり、そこで互いの信頼関係というゆるいつながりに立脚して行われる新しい時代の自治の一つのカタチなのです。

クラウドファンディングは資金の流れをもっと自由に、なめらかにするものであると同時に、実は新しい時代における自治の基盤、共助のプラットフォームなのです。

これに気がついてる人が、まだあんまりいないみたいだったんで、なんとなくまとめてみました笑

さぁ、未来の自治をはじめよう。

アイディアは、実現することで価値を生む

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意識の高いイベントなどでおなじみの、アイディアを出すだけの議論がめちゃ好きじゃありません。

楽しげにやってる人たちを見ても、何が楽しいのか、さっぱりわからずにいるのですが、アウトプットを前提としない議論は、正直つまんないです。

これ、ふだんの会議なんかでも同じで、いつまでに・誰が・何をするかを決めないと、ダラダラとトークが続くだけでガチで不毛です。

アイディアを出すなら、それを実現する方法と、実際にやるプレイヤーさえも一緒に決めちゃいましょう。

そうすることで、一気に単なるアイディア出しから、現実を変革するという一番楽しいフェーズに入ることができます

面白いことをやろう。そのために必要なことをしよう。未来は、その先にあるのだから。

さぁ、未来をはじめよう。

人を大事にしない組織は、まぁ、ダメになるよね

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組織の中で生きてると、つまらない人間関係の争いごとがたくさんある。
内部での権力闘争だったり、外部から足をすくおうとしたり、さまざまなパターンはあれど、どれも相手にした方の負け、という構図は共通している。

面白いもので、たいがいの組織はこの宿命からは逃れられない。新進気鋭のベンチャー企業でさえ、草創期から拡大期くらいに入って人が増えてくると、組織内部でのプレゼンスを高めたりとか、つまんないことに腐心しないとやりたいこともできなくなったりする、というお話をよく聞きます。

組織と人は、不可分のものです。
けれども、よく勘違いされがちなのですが、組織があっての人があるのではなく、人があって組織がある、という点です。

組織はなくても、人は生きられますが、人がなくして組織は成り立ちえない。
組織がもっとも大事にすべきなのは、人なのです

内部の主導権争いや外部からの揚げ足取りで干されたり、追放されたりするといった、人を大事にしない姿勢を見せると、中にいる他の人も明日は我が身と萎縮するだけです。

そんな組織で、活躍できるはずもなく、デキる人から順に去っていく。
よくあるダメな末路をたどることになります。

どんな組織であっても、人を大切にしないと、普通にダメになります。
もしも、あなたの関わっている組織がこんな状況なら、さっさと距離を置くことをオススメします、というお話です。

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