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クラウドファンディングは新時代の共助プラットフォームだ

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地方におけるお金の流れは、実に限定的です。

自己資金、銀行融資、役所の補助金。まぁ、この3つでほぼすべてと言っていいくらいですな。

実に流動性がなく、自分のとこにカネがなければ、借りるか、補助金に頼るしかない、みたいに思ってる人が全くもって大多数、というのが紛れもない地方の現実のイチ側面です。

都市部であれば、事業をするとなればここに投資家やベンチャーキャピタルなんかが加わってきますが、地方にはまだまだそうした環境が行き届いていません。

ここに新たな風を起こしているのがネット時代における、新しい資金の流れ。クラウドファンディングです。

クラウドファンディングについては、今さら説明するまでもありませんね。

クラウドファンディング(英語: Crowdfunding)とは、不特定多数の人が通常インターネット経由で他の人々や組織に財源の提供や協力などを行うことを指す、群衆(crowd)と資金調達(funding)を組み合わせた造語である。ソーシャルファンディングとも呼ばれる。

要するに、ネット経由で不特定多数の人から資金調達をするというもので、原型となったのは17世紀ごろの書籍印刷のために寄付を募ったもの、と言われていますが、日本では、もっと昔からクラウドファンディングの原型的な金融モデルが存在しました。
勧進と呼ばれる、大仏や仏閣を建立するために僧侶が寄付を募る手法であったり、無尽や頼母子講などと呼ばれる地域内の相互扶助組織です。

これらは、平安時代〜鎌倉時代から行われていたとされ、実は日本はクラウドファンディングの超先進国だったんですね。

特定の領主の庇護下に置かれることで、一時的には安定を得ることができても、その人がいなくなっちゃえば、独力で生きていけなくなっちゃう。 これって、めちゃめちゃリスキーな生き方ですよね?

リスクヘッジをしつつ、自分たちのチカラで生きていくために、こうした手法が考えられた。これって本来あるべき自治のカタチのひとつです。

自治って言うと、国や自治体といった、行政のやるべきもの、っていう考えが一般的かもしれませんが、自治には本来3つの段階があると言われています。

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自分のチカラでどうにかする自助。まさに自己責任の世界で、何でもかんでも自分でどうにかする、というものです。

とはいえ、いくら頑張っても、ひとりのチカラはたかが知れていますよね。
一人で解決できない課題を解決するために行う次の段階が、共助。規模の大小はともかく、コミュニティのチカラを使うことを指すものです。地域の自治会とか、団地の管理組合なんかが、これに当たりますし、この共助の最小単位が、家族です。

自分で、どうにかできないし、地域のチカラでもどうにもできない。そういった問題の解決に取り組むのが、公助。いわゆる行政のしごとです。

クラウドファンディングの原型とも言うべき、勧進や頼母子講の本質が自治であるならば、クラウドファンディングの本質もまた、自治であるはずです。

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↑は、少し前にスパルタキャンプのメンバーが始めたpolccaで、学費を援助してあげたい、という思いに賛同して、みんなでポチポチとボタンを押したもので、この学生さんのことは知らなくても、信頼する友人が推してるんだから、きっといい人なんだろう、まったくの通りすがりだけれどもみんなが支援してるんだからきっといい人なんだろう、ってな感じのノリでポチポチとリンクを踏んだ結果、というワケですな。

平安時代には、諸国を歩いて寺社を建立するための寄付を募るのに大変な時間と労力を費やしていましたが、現代ならそんな労力をかけずとも「みんなでイケてる大仏をつくろうぜ!賛同してくれる人はこのリンクをタップして!!」とSNSに投稿するだけで済んじゃいます。

このネット上に形成されたソーシャルグラフやクラスタこそが、現代における地域であり、そこで互いの信頼関係というゆるいつながりに立脚して行われる新しい時代の自治の一つのカタチなのです。

クラウドファンディングは資金の流れをもっと自由に、なめらかにするものであると同時に、実は新しい時代における自治の基盤、共助のプラットフォームなのです。

これに気がついてる人が、まだあんまりいないみたいだったんで、なんとなくまとめてみました笑

さぁ、未来の自治をはじめよう。

アイディアは、実現することで価値を生む

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意識の高いイベントなどでおなじみの、アイディアを出すだけの議論がめちゃ好きじゃありません。

楽しげにやってる人たちを見ても、何が楽しいのか、さっぱりわからずにいるのですが、アウトプットを前提としない議論は、正直つまんないです。

これ、ふだんの会議なんかでも同じで、いつまでに・誰が・何をするかを決めないと、ダラダラとトークが続くだけでガチで不毛です。

アイディアを出すなら、それを実現する方法と、実際にやるプレイヤーさえも一緒に決めちゃいましょう。

そうすることで、一気に単なるアイディア出しから、現実を変革するという一番楽しいフェーズに入ることができます。

面白いことをやろう。そのために必要なことをしよう。未来は、その先にあるのだから。

さぁ、未来をはじめよう。

まずやってみることこそが、成長と成功を約束する

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なかなか成長しない人に欠けているのは、まさにこの姿勢です。
まずはやってみる。そしてダメだったら改善するなり、他のやり方をさぐる。この考え方を身に着けているかどうかで、その人の生き方さえも左右してしまいます。

行動するかどうか。一歩踏み出すかどうか。ここで悩み、踏みとどまってしまっては、何も変わるわけがない。
ゲームのスタートボタンを押してもいないのに、クリアできる可能性はゼロに決まってます。

成長も、成功も、すべてはスタートボタンを押すことから始まります。

スパルタキャンプに集まってくるメンバーたちが、いい例です。
たったの16日しか経っていないのに、自分たちでオリジナルのウェブサービスを作ろうとしています。

16日前までは、コードの書き方なんてぜんぜん分からないメンバーばかりだったとうのに、です。

彼らは、スパルタキャンプにエントリーする、という決断をしたことで自分の人生に革命を起こしました。

社会にムーブメントを起こすことは大変ですが、自分で決断を下すことは容易です。
文字どおり、決めて断ち切ることから始まります。

成長も、成功も、すべては行動からしか始まり得ません。

答えはもう、あなたの心の中にあります。

成長したければ、自分よりすごい連中とつきあおう

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人はいくつになっても成長することができます。

いやいや、年を取ったらそんなの無理に決まってる!なんて声も聞こえてきそうですが、それはあなたが日常的に付き合う人たちが、固定化してるってだけの話に過ぎません。

子どもが成長するのは、みんな当たり前だと思ってますが、なぜか大人が成長する、って話になると「いやー、そんなん無理だよ、もう年だし」なんてアタマから否定しにかかってきます。

はっきり断言しましょうね。大人になったら成長できない、なんてのは単なる思い込みです。

年齢に関係なく、人が成長するには必要なものがあります。自分の上を行く、ライバルの存在です。

少年マンガの世界ではライバルの登場はおやくそくですが、実はリアルの世界でもライバルの存在は、めちゃ重要なファクターなのです。

ライバル抜きには子どもだって成長できない

日本における教育の現場は制度疲労を起こしまくって時代に合わなくなっていますが、学校っていう仕組みそのものは、ギリシア・ローマの時代から連綿と続くだけ合って、成長するには非常に有効なのです。

教室という狭い空間に自分と同年代の仲間が集められ、その中で競い合う。まさにここにいるのはみな成長のライバルたちに他なりません。

皆さんも、学校に通っていた当時には常にテストやスポーツで意識していたライバルが必ず一人はいたはずです。

成長のためには、実はけっこう、良い仕組みなのです。

大人が成長できないのは、ライバル不在のせい

大人になると、得てして交友関係が固定化します。

仕事関係でつきあう人も、職場を除けば、そう多くはないでしょう。営業職みたいに相手は多くても、教室にいたときのように濃密に関係を結ぶなんていう人は、同じ会社の人くらいではないでしょうか。

そんな会社の人たちは、ほぼ固定した関係になりがちです。

会社内の固定化したつきあいだと、あいつは自分よりできるけど、こっちは明らかに仕事ができないやつ、みたいな先入観から逃れることは、誰にとっても非常に難しい。

そんな環境じゃ、成長できないのも、当たり前です。

俺より強い奴に会いに行く

言わずと知れた、対戦格闘ゲームの金字塔ストリートファイターIIのキャッチコピーですね。

主人公のリュウは、自分より強い相手を求めて世界中をさすらう格闘家です。

まさにリュウのように、自分よりすげぇ奴と、競い合うことさえできれば、いくつになっても成長はできます。

スパルタキャンプを目指してくるメンバーを見てると、実に感じます。

オンラインでは得られない、リアルの狭い空間に押し込められたメンバーが濃密な空間を共有することで、あり得ないほどの成長を遂げます。

自分よりすげぇ奴。そんな仲間を数多く持てば、いくつになっても、どこに住んでいようとも成長することは、たやすいことです。

すごくない奴とばかり付き合っているから、成長できないだけです。

さぁ、次のステージへ行こう。
後は行動するだけです。

志を高く持つことの大切さ

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突然ですが、皆さんは「志」と呼べるものを持っていますか?

起業志民プロジェクト、なんてやつのファウンダーやってる中の人ですが、志というものについて、今日は考えてみたい。

まず、志とは一体何なのだろうか?という基本的な問について。

志(こころざし)
目的、目標
信念
他者への好意や謝礼の意味を込めて贈る金品。仏教における寸志はこれに由来する。
Wikipedia

目的、目標、小学校のときには「めあて」なんて読んで、いろんなものを立てていましたね。
大人になると、会社であったり、自分が所属する組織の営業目標やらKPIなんてものに縛られることになりますが、あれは志なんかじゃあないですよね。

志ってのは、ココロって言葉が入っていることからも分かるように、「心の目指すところ」に他なりません。

まっすぐに、ただひたすらに目指してやまない。誰かに「やめとけ」なんて言われたくらいじゃ止まらない。それが志ってもんです。

そんなの前例がない!
未踏の領域へ踏み出すプロジェクトなんかを、ある程度成熟した組織内で始める時には、そんな風に言ってブレーキをかけてくるなんてことは、よくあります。

いや、実際わしはめちゃ言われる側なんですがね笑

そんなとき、自分に確信がないと、つい諦めたりするものですが、ここに志があると、少々のブレーキをかけられたくらいじゃ、気にも止めません。

スパルタキャンプに飛び込んでくるメンバーなんかは、まさにそうです。
周囲に少しくらい反対されようが、説き伏せて、ねじ伏せてやってきます。そして、圧倒的な成長を遂げてみせます。

これは、志がないことにはできません。

組織内で、少々抵抗されたところで、圧倒的な成果さえ上げて見せれば、えらい人は「あれは自分がやらせたんだ」と、後からコロッと手のひらを返します。

雑音なんか気にする必要はありません。

やりたいことをやろう。

志があるなら、それは絶対にできます。

才能がある人は、正しく努力する方法を知っているだけ

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よく「あの人は天才だから」とか「自分には才能がないから」という言質で、諦めにしか聞こえないことを言う人たちがいます。
けれども、本当にそうなのでしょうか?

何の努力もせずに最初からハイパーに上手い人なんて、この世のどこにもいません。

才能がある人、というのは、正しく努力する方法を知っている、というだけなのです。

メジャーリーガー・ダルビッシュ選手の練習に対するスタンスを示すツイートです。

2010年と、かなり以前にされたツイートですが、天才と称され、世界のトップを争うアスリートたちの基本的なスタンスは、みなこの一言に収斂するのではないでしょうか。

精神論とか、筋論なんて、どうでもいい。
ともかく、やるべきことに向かって、そこに向かって最短距離で、もっとも楽をしてたどり着く。

目標に向かって、最高効率で到達することができる。それをめちゃ自然に行えるのが、天才と呼ばれる人たちなのです。

正しく努力して、正しく怠ける。もっとも勤勉にして、もっとも怠惰な人たち。それを知っていることが、才能なのです。

正しく努力する方法なんて、いくらでもあります。 ITで起業したければ、スパルタキャンプに参加すればいいだけだし、その他の道も、まずは第一人者の人たちの練習を真似すればいい。

正しい努力、正しい怠惰。この2つを身に付けることができれば、今日からあなたも天才です。

自分のアタマで考えて、自分でまずは実践してみる。そんな態度を身に付けること。
まずはそれが、天才への近道です。

苦手の克服なんて、リソースの無駄遣い

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仕事上で、よく「苦手を克服しよう!」なんてつまんないお題目を掲げる研修なんかがあると思います。

はっきり言いますが、そんなものは単なる組織リソースの浪費、ムダ使い以外の何者でもありません。

まぁ、ココロの贅肉です。
なんでこんなつまんねーことのために、講師を頼む経費をかけたり、従業員の時間を割いて平気でいるのか。

学校のテストであれば、いくら得意でも上限は100点しかない。満点を取れる以上の頑張りはムダです。

けれども、テストではない、世の中というフィールドに出ると、満点という概念はなくなります。

学校っていう草野球では100点までしか評価できないフィールドでは仕方がありませんが、メジャーリーグなら、それは1万点になるかもしれない。

これが世の中の面白いところです。
苦手の克服なんて、伸び代の低いもんに多大なリソースをつぎ込んで、普通レベルになることを喜ぶよりも、好きなこと、得意なことを伸ばすことにリソースをつぎ込んで、メジャーリーガーを目指した方がいいに決まってます。

時間というリソースは、その人の命と等価です。
命を無駄遣いするなんて、とんでもない!

あなたの命、ムダにしてませんか?

言葉は借り物でもいい。アウトプットすることで変わるものがある

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文化庁の国語に関する世論調査によると、月に1冊も本を読まない人の割合が、全体のほぼ半数にも及ぶ、と報告されています。

これまで本や新聞を読むことに当てられていたであろう時間は、ニュースやSNSといったスマホのスクリーン上という新しいカタチで読むことに使われていると考えられます。

スマホによって、一日に読む文字数そのものは、おそらく以前よりも増えているのではないでしょうか。

一方で、これだけインプットする情報量は増加しているというのに、自らの考えをカタチにする人は、ごくわずかです。

なぜ、こんなにもアウトプットをする人が少ないのでしょう。

自分の考えをまとめて、文字というカタチにするプロセスを踏むだけで、一つの大きな効果が生まれてきます。

漠然とした思いを言語化する、というフィルターを通すことは、慣れるまでに非常に労力を必要とします。
この言葉にするチカラは、残念ながら一朝一夕には身に付くものではありません。

ひたすら書く。考えて、書いて。また次も考えて、書く。これを愚直に続ける以外には方法はないのです。

逆説的に言うと、この「考えて、書く」というルールさえ守れば、誰もが身に付けることができる類の能力でもあります。

自分の言葉でないと、語っちゃいけない、なんてルールはありません。
どんな文豪だって、最初は模倣から始まります。

ただひたすらに書いて、ただひたむきに考えて、また書く。

アウトプットするだけで、必ず変わるものがあります。

カードキーによる客室の電源制御は同サイズのカードで代用できる

最近めっきり出張族の筆者ですが、カードキーを採用してるビジネスホテルは割と普通です。
そういうホテルって、客室の入り口付近に、こういうやつついてませんか?


そうですね。
客室の照明電源をコントロールするスイッチです。

これにカードキーを差し込むと、明かりがつくって仕掛けです。

ここにカードキーを挿入できる=カードキーが室内にある=在室なので照明を点けるスイッチですよ、というものです。よくできた仕掛けで、通常は何も困らないのですが、中には照明だけでなく、コンセントまで制御してくれているパターンの宿があります。

一日中使用したモバイルバッテリーやPCを充電しているうちに外出してごはんを食べてこよう、っていうようなシチュエーションのときに、ちょっと困ってしまいます。

照明は室内にいないから別に切れてても構いませんが、コンセントの電源供給までもカットされてしまうと部屋にいない間に充電ができません。
バッテリーがすっからかんで、充電に時間が掛かるときにはチェックアウトまでに満充電にならないかもしれません。

これは困っちゃいますよね。

そんなときの解決策・回避の方法を教えちゃいます。


実は同じサイズのカードならなんでも良い


はい、そうなんです。
このタイプのスイッチは、ただ単にカードでスイッチを押してるだけなのです。

つまりは、ホテルのカードキーである必要は全くないんです。


写真はマネークリップに挟んでた、ご近所のドラッグストアのポイントカードです。
近いサイズのものなら、なんでも構いません。

ペラペラに軽いやつでも、十分スイッチは押せます。


割とローテクですが、これくらいローテクなほうが故障しにくいので便利です。

エアコンのスイッチとかも管理されてるパターンもありますので、真夏に外出から部屋に帰ってくると暑さで死にそうなこともあります笑

そんなときには、このテクニックが使えます。
覚えておくと、役立つかもしれませんよ?

まだ家事で消耗してるの?食器洗い乾燥機が最強の家事効率化アイテムである4つの理由

昨日書いたエントリ「都会だけじゃない!地方でも月額2万で満足のいく家事代行サービスはちゃんと提供されている件」で、掃除や洗濯などは地方でも割と気楽にアウトソースできることについて書きました。

洗濯なんかは、1週間分まとめても問題ないですよね?
毎日着替えられるだけの服が用意できるワケですから。

けれども、毎日発生するけど1週間分ためておけないから、アウトソースできないものってありますよね?

その代表格が、食事の後片付けです。


田舎じゃ食事のアウトソースには限界がある


都市部だと、また別の選択肢が出てきますよね?
ひたすら外食にするとか、レディミール系で食べたら皿を捨てる、っていうやり方とか。

都市ならともかく地方じゃなかなか難しいです。

なぜかって?
選択肢(店)が少なすぎて、すぐに1巡して飽きちゃうんですよwww


そ~なると、家食という選択肢が主になるワケですけど、必然的に後片付けというものが発生します。

こればっかりは、1週間ためとくのはムリです(笑)

ここを効率化することが、日ごろの家事を効率化する最強メソッドになるわけです。


食器洗い乾燥機は最強の家事効率化アイテム


そこで威力を発揮しちゃうのが、食器洗い乾燥機(食洗機)です。


便利ポイントその1「ともかく全自動」


軽く洗って、並べてスイッチを押すだけ。
あとは機械が洗って、乾かしてくれます。

中には鍋のように大きすぎて入らなかったり、漆器みたいに乾燥時の熱で傷むものは洗えませんが、たいがいのものは、これで洗えます。

むしろ我が家では、食器を買うときには食洗機で使えるかどうかをチェックしてから買うようになりました。

いや~、これめちゃ便利ですよ。
これを使わないなんてもったいない!というクラスのもったいなさ(笑)

便利ポイントその2「手で洗うより節水+時間短縮」


近ごろの製品は節水型なので、手で洗うよりも水を節約してくれますので、環境にも(+財布にも)嬉しい。

仕事で遅く帰ってくるのが常なので、家族みんなの分をいつもわしが後片付けをしております。
手で洗うのに比べると、かなりの時間節約です。

便利ポイントその3「音が静か」


食器を洗うときって、カチャカチャ音がしちゃいます。
これはいくら気をつけても消すことはできません。

寝静まった家中に音が鳴り響くので、ちょっと遠慮してしまいがちです。
子どものいる家庭だと、ちょっとした物音で起こしてしまう危険性があります。

ところが食洗機だと、カチャカチャうるさくなったりしません。
これって意外と盲点ですけど、すごい便利ポイントです。

便利ポイントその4「少量のときは手で洗っても水切りカゴ代わりに」


とはいえ、コーヒーカップ1個だけ、とか使用をためらう場合もよくあります。

そんなときは、ささっと手で洗って、食洗機の中に。
そのまま乾燥機モードにしても良し、そのまま水切りカゴ代わりにおいとけば、次に使う頃には乾いています。

選び方のポイントは、大きさ


最近は、ビルトインタイプでシンクに内蔵されたものが主流ですね。
賃貸物件でも、結構増えてきているようです。

いろんな製品が出ていますが、決め手はやはり大きさ。

家族の人数にもよりますが、大家族だと1回の食事で出る洗い物の量が多いので、結構普通に入りきりません(笑)

我が家もビルトインで大きいんですが、ちょっと油断すると入りきらないことは良くあります。
大きさは、結構重要ななポイントです。

我が家では、けっこう昔から使ってますが、シンクを占領するくらい大きなやつは、確かに邪魔です(笑)

設置スペースとのトレードオフではありますが、家族の人数などを考えて判断いただきますと、すごく効率化できます。

参考にしていただければ、幸いです。

就活に「失敗」ってどういうことなのか考えてみた

ちょいと気になるニュースがあったので、共有です。


なんとも痛ましいお話ですが、この影にはいったいなにがあるのでしょう?
まずは若年層の自殺の実態について調べてみました。

若年層の自殺者は減り続けている


年齢階級別の自殺者数の推移(平成25年版自殺対策白書 - 内閣府)


↑は白書のグラフですが、15~24歳男子の自殺率は昭和30年ごろをピークにして、その後急減。現在では、14歳未満を除けば最低水準です。

この傾向は、女子にも見て取れます。


自殺者全体の中で見ると、「就活自殺」の対象になる年代はむしろ低い。
女子は、年齢が上がると自殺率が高まるという傾向にありますが、男子は働き盛りの30~50代の自殺率が突出して高いという傾向にあり、ここが非常に特徴的です。

もちろんこれは、自殺者数であって、自殺率ではないので、少子化のせいだろう、とも考えられますが、それであれば、団塊の世代とその後の団塊ジュニア世代で2つのピークがないと説明がつきません。

少子化と自殺者数の間には相関関係はない、と考えるのが妥当ですね。

自殺原因は健康問題と経済問題




それでは、なぜ人は自殺するのでしょう?

原因・動機別の自殺者数の推移

白書によると、健康問題が自殺原因の首位。意外ですね。なんとなく経済問題での自殺が多いのかな~、と思っておりましたが、病気など健康問題を苦にした末の自殺が最も多いというのです。

二番手に理由不明があるので実際のところは分かりませんが、書き置きなど明確な意志表示をして自殺した中では、経済問題が続いています。

年代別とのクロス集計をすれば、もう少し違う景色が見えてくるのでしょうが、残念ながらそうしたデータはないようです。

就活自殺は減らせるのか?


もちろん減らすことは可能でしょう。

なにも就職するばかりが人生じゃありません。
誰かに使われる、雇用されることばかりに拘ればこそ、何十社も応募してしまうのでしょう。

学校では、集団の中で生きていく術を中心に教えます。
独立して、自分の手で稼ぐというオプションがあることを教わる機会には恵まれていません。

地元の大学生にヒアリングをしてみた経験がありますが、そもそも「起業」という発想は出てこない、というのです。
どこかに就職する、どこに就職するのか、ということが主です。

大学の進路希望調査のシートにも、民間・官公庁の別であったり、就業先は県内なのか、県外なのかとか、そういうことは書いてあっても、起業、という選択肢は書いてありません。

大学の就職課やキャリア支援課なんてとこに「起業してる学生はどれくらいいますか?」なんて話を聞いてみても、答えは帰ってきません。

そりゃそうですよね。
「その他」でひっくるめちゃって、分からないんですもの。

最近は、小学生のうちから「キャリア教育」なんて名目で、職場体験とかをやってますけど、実際に自分たちで商売をさせてみたら良いんです。

金を稼ぐということをちょっとでもやってみて、小さな成功体験を積み重ねれば、起業に対するハードルみたいなものの抵抗感は薄れるでしょう。

もちろん起業するばかりが答えじゃありませんよ?
会社には従業員が必要ですけど、その会社には社長も必ず必要なんです。

社長がいないと、誰も社員になれません。

就職できなかったら、別の道がある。
ただそれを分かってもらえさえすれば、就職できないくらいで死ぬなんて人はもっと減るんじゃないでしょうか?

皆さんも考えてみてください。

空きがなかったので、やむなくグランクラスに乗ってみたらなかなか良かった!


AHEADカンファレンスに向かう新幹線の指定席が、平日真っ昼間にもかかわらずほとんど残っていなかったので、さてどうしようかと悩んでいたら、券売機の画面に「グランクラス◎」の表示が。

をや?

気が付いたら、ノリと勢いでサクッとグランクラスのチケットを購入してしまったので、ネタ投下です(笑)

シートと車内の雰囲気は結構良い


入り口にアテンダントのお姉さんがお出迎えしてくれます。
乗降客がいない駅でも、しっかりと立ってくれていました。

おねえさんは、美人。
笑顔がいいね。


車内は木目調を基調とした、シックなデザイン。
なかなかいい雰囲気です。


アメニティとシートの取説がシート前に用意されてます。


なにしろインパネにこんなにボタンが並んでるので、ちょい引きます(笑)
取説が用意されるワケですが、一番押すのは、お姉さんの呼び出しボタンなので、そこさえ抑えておけばOKですよん。


各シートに独立したコンセントが備え付けられているので、PC作業などには便利。

サービスは気になるところも?

走り始めると、まずはおしぼりサービス。


気になったのは、ビニールをかけたままの提供。
これは袋から出した状態で提供してくれても良いのでは?

この袋も、他のごみと一緒に回収はしてくれますが、ちょっと気になります。


上りは軽食はサンドウィッチを選択。
これも、ビニールをかぶったまま。


お茶や紅茶は、リーフで入れているようで、席までポットを持ってきて入れてくれる。
これは◎。

グラスもロゴ入だけど、ちょっと年季が入ってきてますね。
そろそろ更新した方がいいかも。



サンドウィッチは、作りおきなので、どうしてもパサついてます。
味はそんなによくないけど、素材は良さそうな感じ。
コストはかかってるね。

フルーツが、加工品だったのがマイナスかな。
これは生にして欲しかった。


お茶菓子とおつまみ?も提供。
これはまぁ、普通です(笑)


勢いで下りもグランクラスにしてみたので、和軽食もレビュー。




割りと手はかかってる。
和軽食は、なかなかの本格派。

紅茶も、それほど高級ではないありふれたリーフを使っているようだけど、なかなか良い。

また、コーヒーはワゴン販売のものとは違うブレンドだそうで、こっちは美味しかったです。

全般的な雰囲気は◎


客層は、料金も相まって他の車両とはちょっと違う感じ。

とはいえ真昼間からシードル普通に呑む人もいたりする。
わしは遠慮して緑茶にしたのに(笑)

また、下りのときはちょっと騒ぐ人たちがいたので、ちょい引いたけど(笑)

上野に入る前にお姉さんの生声で車内へご案内。
わしは最前列に陣取っていたけれど、最後列の人にまで届いてるのかな?っていうくらいの声量だったので、もう少し頑張ってもらいたい。

帰りも乗ってみて、これは結構いいな~、と感じました。
駅でビールやらを買い込んで乗ったりしなくても良いし、飲み物もなくなったらお茶系以外はすぐに補充してくれる。

特にシートが良い感じ。
これはグ明らかにグリーン車よりも良い。

プラス1万円の価値が有るかは人それぞれの判断ですが、個人的には満足感十分ですね。

まぁ、細かいとこはいろいろ気になりましたけど(笑)

佐々木俊尚メルマガ「2ちゃんねるという冷笑世界の後に、2005年のブログブームがやってきた」を読んで考えてみた

前に↓の記事でも書きましたが、佐々木俊尚氏のメルマガ「佐々木俊尚の未来地図レポート」を2年ほど購読しております。

佐々木俊尚メルマガ「スマホ時代の「ヤフーニュース」を奪取するのはどこか!?」の答えはたぶんLINE NEWS

このメルマガは、「メールマガジンの内容は、全文引用でなければ、内容の紹介や一部引用はどんどんやっていただいて問題ございません。」と明記されています。

今週のメルマガの特集記事「2ちゃんねるという冷笑世界の後に、2005年のブログブームがやってきた~~インターネットの言論空間はどう変わってきたのか。その歴史を振り返る(1)」を読んでみて、思考したことをメモがてら共有です。

ネット言論のこれまでと、これからを考察するであろう特集の今回は第1段。内容的にはアラフォーのオールドPCユーザーには、ちょっと懐かしい感じのする記憶の整理的な記事です。

メルマガに登録すると、前2週間分のバックナンバーが送られてきますので、すぐにいただければ、今週の記事をお読み頂けます。

ステマじゃありませんよ?念のため(笑)

黎明期以前~黎明期


Supra FaxModem 28,8 by Luigi Rosa has moved to Ipernity
Attribution-ShareAlike License
インターネット以前のパソコン通信。若い皆さんはまだ生まれたばかりの頃かもしれません。

アナログ電話回線とモデムを直結して、パソコンのRS-232Cポート(笑)経由で超低速接続して趣味人同士が集う、めちゃめちゃギークな人たちの集まりでした。

おっさんホイホイな話題ですが、94年に大学へ入学した筆者は、IBM/AT互換機のDOS/Vパソコンという、今ではただの暗号(笑)でしかない、今となってはスマホにも劣るスペックのパソコンで、どきどきしながら接続したものです。

最初に自作したPCのCPUはPentiumの90Mhzですよ。90めが(笑)ギガって何の世界ですが、そんなんでも動いていた平和な時代です(^^;

佐々木氏も当時国内最大のパソコン通信サービスを提供していたNifty-Serveでも会員数は数百万人で、とても言論空間とは呼べないようなシロモノでした。

 インターネットを使って広く誰でも参加できるような議論の場が成立したのは、わたしは1999年の2ちゃんねるが最初だったのではないかと考えています。

佐々木氏の指摘どおりでしょう。
パソコン通信時代は、はっきり言って、新しもの好きかよほどのPCマニアでもないと、高価なPCと高額な電話代を支払いながら交流ごっこをしません。

当時の肌感覚から言っても、普通人はあまりいなかったと記憶しています。

ここに爆発的なブレイクスルーが起きたのは、WIndows95の登場で一般人でも簡単にインターネットに接続できるようになったことでしょう。そこから一気に時代は加速しました。

便所の落書きが力を持った


2ch MONA. by MIKI Yoshihito (´・ω・)
Attribution License
1999年の2ちゃんねる登場以前にも、ネット掲示板はたくさんありました。
一般の企業や自治体なども、ホームページ上に掲示板を置くのが流行りましたが、誰も書き込まないで過疎るか、誹謗中傷で炎上して閉鎖されるか。この2パターンのどちらかになってしまい、掲示板サービス自体は廃れる一方でしたが、そこに2ちゃんねるが現れました。

当初は(今でも?(笑))「便所の落書き」と揶揄されるような、スラングと罵詈雑言のないまぜになった書き込みがたくさんあり、ネット上ではアンダーグラウンドの象徴のような存在として目されていました。

 ノイズの部分だけを取り出して読めば、確かに便所の落書きですが、逆に秀逸な書き込みだけを拾って読んでいくことに成功すれば、2ちゃんねるは意外にも良くできた言論空間にもなっていました。その好例としては、ドラマや映画にもなった2ちゃんねる発の書籍「電車男」(新潮社)が挙げられます。もともとの電車男スレッドには膨大な量の書き込みがあり、荒らしや誹謗中傷、心ない批判の方が圧倒的多数だったのです。だがこの本を作った無名の作者(編集者)は、膨大な書き込みの中から友愛心にあふれた有用な書き込みだけを拾い出し、それらを再構成することによってきわめて面白い書籍を作り上げることに成功したということなのです。

電車男ブーム。筆者は2ちゃんねるを巡回したりはしなかったので、ネットニュースなどで話題になったことで後から知ったので、リアルタイムでは知りませんでした。

伊東美咲主演のドラマ「電車男」のエルメスたん可愛かったですねぇ~。


今でも、日々膨大なニュースが流れてくる中から有益なものを集約するキュレーションというサービスがあります。

この書籍「電車男」は、2ちゃんねるという広大な砂漠の中から見つけられた1粒の宝だったわけですが、これって今で言うキュレーションだったんでしょう。

このように有益な情報も中にはありながら、大部分が他人を冷笑するような、まさしく便所の落書きでした。そんな時代が10年近くも続いてしまい、日本のネット空間における作法のうち、かなりの部分がこの時代の2ちゃんねるから発生してきた結果として、日本のネット言論そのものが、2ちゃんねる化した、と佐々木氏は指摘しています。

 とはいえ、2ちゃんねるが2000年代の終わりごろまで日本のネット空間の中心を形成していたことによって、日本のネットの文化は大きな影響を受けました。その影響とはひとことでいえば、シニカル(冷笑的)で嘲笑的な文化形成ということです。

今でこそネットの影響力ではSNSやバイラルメディアに見劣りすようになっていますが、2ちゃんねる発祥の冷笑的な文化は、日本の言論空間全体を支配しています。

Twitterが昔の2ちゃんねるみたいなものになっています。まさに匿名で発言できる「世界共有2ちゃんねる」みたいなもんですからね。
基本的な発想が変わらずに、そのままユーザーに受け入れられてしまっているので、概ね同じようなものになってしまうのは、当然の帰結かもしれません。

第1次?ブログブーム

2004年ごろに日本でもブログブームが起こり始めました。

当時は「テキストサイト」なんて呼ばれる文章主体のサイトが流行っていて、ブックマークに入れたサイトを毎日巡回していたものです。

当時のブログは、まさしくウェブログ、ウェブ上の日記、という雰囲気のものから始まり、正直あまりおもしろいものでもなかったので、積極的にやってみようという気も起きませんでした(^^;

ここのブレイクスルーになったのが、ライブドア事件だったと佐々木氏は指摘しています。

この新しいブログというネット論壇空間が可視化されたのは、何と言っても、2005年から06年にかけて起きた一連のライブドア騒動でした。たとえばライブドアのニッポン放送株買収問題では、この問題に関してさまざまなブロガーが分析を加えました。その中には単なる素人の感想もあり、あるいは公認会計士の分析もあり、テレビ業界関係者からのライブドア手法への反論もあり、さらにネット業界からライブドアを擁護する意見もあって、さまざまな議論が公論として成立するようになっていたと言えます。

個人とそのブログがメディア化したのって、この時期だったと思いますが、どうでしょう?
それ以前にも、有名人のブログは注目されていましたが、まったく無名の個人のブログが注目されるようになった時期はこのころだったように記憶しています。

個人がメディア化していくことで、これまでにない、新しいムーブメントも起こり始めました。
マスコミをネット言論が補完・あるいは代替するという流れです。

 こうした意見が登場してきた背景には、何らかのかたちでマスコミの欠損部分をブログによって補完していこうという動きがあったといえるでしょう。ネット空間では、マスコミの論説も素人の意見も、まったく同じ土俵で扱われます。「これは全国紙に載った論説だから重要」といった権威付けが否定され、その論理性の確かさ、分析の的確さ、センスの良さといった文章の高度さだけが求められてしまう。そういう鋭敏な世界が現れてきたのです。

ネット上には、日々さまざまな記事が投稿され、もはや誰にも制御することも出来ない中立な「空間」です。
そこで買わされる議論は、かつての論壇誌のような誰かに制御されたものではなありません。遠慮も呵責もない、個人が率直なオピニオンを戦わせる「場」です。

政治色や党派性も関係なく、誰にも中立な、ただのプラットフォームです。

これからの言論を形成するには、もはやネットを抜きに語ることはできないでしょう。
日本では、まだ政治的な影響までは波及していませんが、これからは投票行動もネット言論が影響する時代も来るでしょう。

次回以降のメルマガでは、そこら辺も語られることでしょう。

だばまだ(^^)

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