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佐々木俊尚メルマガ「スマホ時代の「ヤフーニュース」を奪取するのはどこか!?」の答えはたぶんLINE NEWS

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今週のメルマガの特集記事「2ちゃんねるという冷笑世界の後に、2005年のブログブームがやってきた~~インターネットの言論空間はどう変わってきたのか。その歴史を振り返る(1)」を読んでみて、思考したことをメモがてら共有です。

ネット言論のこれまでと、これからを考察するであろう特集の今回は第1段。内容的にはアラフォーのオールドPCユーザーには、ちょっと懐かしい感じのする記憶の整理的な記事です。

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ステマじゃありませんよ?念のため(笑)

黎明期以前~黎明期


Supra FaxModem 28,8 by Luigi Rosa has moved to Ipernity
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インターネット以前のパソコン通信。若い皆さんはまだ生まれたばかりの頃かもしれません。

アナログ電話回線とモデムを直結して、パソコンのRS-232Cポート(笑)経由で超低速接続して趣味人同士が集う、めちゃめちゃギークな人たちの集まりでした。

おっさんホイホイな話題ですが、94年に大学へ入学した筆者は、IBM/AT互換機のDOS/Vパソコンという、今ではただの暗号(笑)でしかない、今となってはスマホにも劣るスペックのパソコンで、どきどきしながら接続したものです。

最初に自作したPCのCPUはPentiumの90Mhzですよ。90めが(笑)ギガって何の世界ですが、そんなんでも動いていた平和な時代です(^^;

佐々木氏も当時国内最大のパソコン通信サービスを提供していたNifty-Serveでも会員数は数百万人で、とても言論空間とは呼べないようなシロモノでした。

 インターネットを使って広く誰でも参加できるような議論の場が成立したのは、わたしは1999年の2ちゃんねるが最初だったのではないかと考えています。

佐々木氏の指摘どおりでしょう。
パソコン通信時代は、はっきり言って、新しもの好きかよほどのPCマニアでもないと、高価なPCと高額な電話代を支払いながら交流ごっこをしません。

当時の肌感覚から言っても、普通人はあまりいなかったと記憶しています。

ここに爆発的なブレイクスルーが起きたのは、WIndows95の登場で一般人でも簡単にインターネットに接続できるようになったことでしょう。そこから一気に時代は加速しました。

便所の落書きが力を持った


2ch MONA. by MIKI Yoshihito (´・ω・)
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1999年の2ちゃんねる登場以前にも、ネット掲示板はたくさんありました。
一般の企業や自治体なども、ホームページ上に掲示板を置くのが流行りましたが、誰も書き込まないで過疎るか、誹謗中傷で炎上して閉鎖されるか。この2パターンのどちらかになってしまい、掲示板サービス自体は廃れる一方でしたが、そこに2ちゃんねるが現れました。

当初は(今でも?(笑))「便所の落書き」と揶揄されるような、スラングと罵詈雑言のないまぜになった書き込みがたくさんあり、ネット上ではアンダーグラウンドの象徴のような存在として目されていました。

 ノイズの部分だけを取り出して読めば、確かに便所の落書きですが、逆に秀逸な書き込みだけを拾って読んでいくことに成功すれば、2ちゃんねるは意外にも良くできた言論空間にもなっていました。その好例としては、ドラマや映画にもなった2ちゃんねる発の書籍「電車男」(新潮社)が挙げられます。もともとの電車男スレッドには膨大な量の書き込みがあり、荒らしや誹謗中傷、心ない批判の方が圧倒的多数だったのです。だがこの本を作った無名の作者(編集者)は、膨大な書き込みの中から友愛心にあふれた有用な書き込みだけを拾い出し、それらを再構成することによってきわめて面白い書籍を作り上げることに成功したということなのです。

電車男ブーム。筆者は2ちゃんねるを巡回したりはしなかったので、ネットニュースなどで話題になったことで後から知ったので、リアルタイムでは知りませんでした。

伊東美咲主演のドラマ「電車男」のエルメスたん可愛かったですねぇ~。


今でも、日々膨大なニュースが流れてくる中から有益なものを集約するキュレーションというサービスがあります。

この書籍「電車男」は、2ちゃんねるという広大な砂漠の中から見つけられた1粒の宝だったわけですが、これって今で言うキュレーションだったんでしょう。

このように有益な情報も中にはありながら、大部分が他人を冷笑するような、まさしく便所の落書きでした。そんな時代が10年近くも続いてしまい、日本のネット空間における作法のうち、かなりの部分がこの時代の2ちゃんねるから発生してきた結果として、日本のネット言論そのものが、2ちゃんねる化した、と佐々木氏は指摘しています。

 とはいえ、2ちゃんねるが2000年代の終わりごろまで日本のネット空間の中心を形成していたことによって、日本のネットの文化は大きな影響を受けました。その影響とはひとことでいえば、シニカル(冷笑的)で嘲笑的な文化形成ということです。

今でこそネットの影響力ではSNSやバイラルメディアに見劣りすようになっていますが、2ちゃんねる発祥の冷笑的な文化は、日本の言論空間全体を支配しています。

Twitterが昔の2ちゃんねるみたいなものになっています。まさに匿名で発言できる「世界共有2ちゃんねる」みたいなもんですからね。
基本的な発想が変わらずに、そのままユーザーに受け入れられてしまっているので、概ね同じようなものになってしまうのは、当然の帰結かもしれません。

第1次?ブログブーム

2004年ごろに日本でもブログブームが起こり始めました。

当時は「テキストサイト」なんて呼ばれる文章主体のサイトが流行っていて、ブックマークに入れたサイトを毎日巡回していたものです。

当時のブログは、まさしくウェブログ、ウェブ上の日記、という雰囲気のものから始まり、正直あまりおもしろいものでもなかったので、積極的にやってみようという気も起きませんでした(^^;

ここのブレイクスルーになったのが、ライブドア事件だったと佐々木氏は指摘しています。

この新しいブログというネット論壇空間が可視化されたのは、何と言っても、2005年から06年にかけて起きた一連のライブドア騒動でした。たとえばライブドアのニッポン放送株買収問題では、この問題に関してさまざまなブロガーが分析を加えました。その中には単なる素人の感想もあり、あるいは公認会計士の分析もあり、テレビ業界関係者からのライブドア手法への反論もあり、さらにネット業界からライブドアを擁護する意見もあって、さまざまな議論が公論として成立するようになっていたと言えます。

個人とそのブログがメディア化したのって、この時期だったと思いますが、どうでしょう?
それ以前にも、有名人のブログは注目されていましたが、まったく無名の個人のブログが注目されるようになった時期はこのころだったように記憶しています。

個人がメディア化していくことで、これまでにない、新しいムーブメントも起こり始めました。
マスコミをネット言論が補完・あるいは代替するという流れです。

 こうした意見が登場してきた背景には、何らかのかたちでマスコミの欠損部分をブログによって補完していこうという動きがあったといえるでしょう。ネット空間では、マスコミの論説も素人の意見も、まったく同じ土俵で扱われます。「これは全国紙に載った論説だから重要」といった権威付けが否定され、その論理性の確かさ、分析の的確さ、センスの良さといった文章の高度さだけが求められてしまう。そういう鋭敏な世界が現れてきたのです。

ネット上には、日々さまざまな記事が投稿され、もはや誰にも制御することも出来ない中立な「空間」です。
そこで買わされる議論は、かつての論壇誌のような誰かに制御されたものではなありません。遠慮も呵責もない、個人が率直なオピニオンを戦わせる「場」です。

政治色や党派性も関係なく、誰にも中立な、ただのプラットフォームです。

これからの言論を形成するには、もはやネットを抜きに語ることはできないでしょう。
日本では、まだ政治的な影響までは波及していませんが、これからは投票行動もネット言論が影響する時代も来るでしょう。

次回以降のメルマガでは、そこら辺も語られることでしょう。

だばまだ(^^)

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